陽子(井上真央)は、バケツを見てカンタの事を思い出し
自転車を飛ばして夜道を学校へまっしぐら。

暗い教室ではカンタが潰れたバケツを抱いて泣いていました。

「ごめんね」

陽子はカンタに謝りながら抱きしめます。

おなかがグーッと鳴りました。

「おなか空いたね」

「これ直すだ」

カンタと陽子はバケツを木槌で叩いたり、取っ手を引っ張り
なんとかもとの形に戻しました。

ブリキのバケツ。楽天で探したら、亜鉛鉄板と
書かれていました。

木槌で指を叩いてしまったカンタに、ちちんぷいぷいと言う
陽子。すっかり先生というか母親のようです。

帰り道、カンタは陽子が持ってきたおにぎりを両手に抱えて
片方ずつかぶりつきます。

陽子は自転車を押しながらカンタを送ります。

なぜか、押しているだけなのにライトがとても光っています。

現代の陽子(若尾文子)が、当時の女教師はお母さんがわり
だったわ。女は農作業や工場で子供をかまっている暇がなかったと
言います。

房子(斉藤由貴)は、自分も先生になろうとしたことがあり
教育実習の初日に中学生から椅子が飛んできて、それでヤメたと
言いました。

現代の陽子は、自分を社会知らずのダメな先生と振り返ります。

昭和16年11月(1941年)のことです。

ケイスケの机に姿が見えません。
ケイスケの父親は中国で戦士したらしいのです。

遅れて教室に入って来たケイスケ。

「少国民は学校を休んではならないと兄に言われました」と
心配する陽子に言いました。

着席して鉛筆を握る手が震えています。

陽子はたまらなくなりケイスケを抱きしめました。

教室の仲間もすすり泣きです。

現代の陽子は、つらい時代に先生になったものだと振り返ります。

職員室では、出征する教員仲間をバンザーイで見送っていました。
タスキには「祝 入営」と書いてありました。

このようにひとり、またひとりと教員も戦地に出向いたそうです。

ある日、陽子が商店街の村上堂の前を通ると「当分の間休業します」と
張り紙がありました。当分の間の当は富の旧字になっていました。

陽子は心配になって勝手口まで入って見ましたが人の気配はありません。
飴のショーケースも空っぽです。

「カヨさーん!」と声をかけても返事がありません。

ふと振り返るとそこには、丸山徳子(樋口可南子)が立っていました。

村上堂に飴を買いにきたらしいです。

陽子にむかって、名前を思い出します。

「陽子さん、太陽の陽子さんよね。久しぶりね、キレイな女性になって」

と言う徳子。

16歳の春に会って以来ですから、5年振りでしょうか。

よく覚えていたものです。

そば畑を見に来たのですかと陽子が訪ねると、そば畑を作っていた人も
出征して蕎麦が作れなくなったといいます。

でも、蕎麦はまた作れる。蕎麦は強いのよ。おひさまがあれば育つんだから。

太陽の陽子と蕎麦畑。ここにドラマの核心があるような気がしました。

ベンチに座って話し合うふたり。徳子の息子も出征したそうです。

陽子に向かって、恋人はいるのかとしつこく聞く徳子。
いないわという陽子に向かって、徳子は嫁にもらう雰囲気がムンムンです。

徳子の家は蕎麦屋。そこに教師の陽子が嫁ぐという筋書きでしょうか。

さて、昭和16年12月8日の朝礼です。

いつも頼りない校長が、今日は大声で校庭の教員と子供達に報告します。

「真珠湾攻撃に成功した!」

陽子たちも抱き合って喜んでいます。
これでアメリカに勝って、早く戦争が終わる!やはり日本は神の国!
奇襲攻撃の成功よりも、戦争が終わる期待感がいっぱいだったのでしょう。

でも、校長だけが知っていたという事はどういう連絡で伝わったのか
不思議です。

真知子、育子、春樹兄さん、茂樹兄さんの顔が浮かんで早く会いたいと
思ったという陽子。

このころの小学生は、今なら70歳後半から80歳でしょうか。
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心にしみるタイトルです。

さて、来週は8週目「それぞれの朝」というテーマです。

茂樹(永山絢斗)が

「お前は太陽になれ。オレは星になる」

と言うセリフがありました。

星になるって・・・・・

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